2013年11月25日

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団『KONTAKTHOF−コンタクトホーフ』公演の見どころをご紹介


©Laszlo Szito

彩の国さいたま芸術劇場情報誌『埼玉アーツシアター通信』 No.48よりご紹介いたします。

ピナ・バウシュと《コンタクトホーフ》

「悪魔に姿を白鳥に変えられた少女に恋した王子は、悪魔と闘って敗れる」「知らない内に父を殺し、母を妻とした」など、たいていの舞台作品にはストーリーがあり、それによってダンサーや役者の所作やシーンは意味をもつ。

バウシュの作品にストーリーはない。だが、意味は過剰なまでにある。一体、これはどういうことなのだろう。
秘密は作品制作法にある。一作品あたり三ヶ月ほどの制作期間のうち、はじめの一ヶ月、バウシュはダンサー達に沢山の質問をする。「愛を強制されたらどうするか」「なにも考えられないときなにを考えるか」など、捻りのきいた質問にダンサーはダンスや言葉、パフォーマンスなどでこたえようとする。だが、生半可な答えでピナは満足しない。OKがでるまでダンサーはあらゆる可能性を探り、記憶を掘り返し、血反吐をはく努力をする。採用されるのは、ダンサーの奥底から探り出された答えだけだ。一作品の参加ダンサーは20名ほど、バウシュは100ほどの質問を出すので、2000ものアイディアがその都度、集まる。そこからバウシュは適切なものを選び、組み合わせ、並べ替え、二ヶ月ほどかけてようやく作品は生まれる。

この制作法のため作品は必然的に短いシーンの連続となる。シーンの並びに脈絡はなく、同時に複数シーンが進行することもある。表現も多様だ。ダンサー同士が本名を呼び合いながら絡むコント、現実を切り取った所作、歌や楽器演奏、観客を襲うセリフや叫び、映像などが一見無秩序に続く。
美しいポーズや動きのキレ、スピード、超絶技巧を見せるダンスは登場しない。不格好でギクシャクし、何気なく見える動きだが、ダンサー自身の生き様を刻み込むような動きは観客の奥底に響く。動きと同期した音楽が何気ない所作をダンスに変え、途方もなく残酷なシーンに甘美な曲がかかって残酷さを増幅する、など、音楽の使い方も工夫されている。

《コンタクトホーフ》の舞台は、漆喰の壁で囲まれた古ぼけた広間だ。すでにさまざまな過去や歴史、記憶が積み重なった、その空間に、日常や非日常、挑発や誘惑、不器用な性、壮絶な孤独、甘い幼時の記憶、自然、などの断片が、ときにコミカルに、ときにシリアスに登場する。「コンタクト」は「接触」なのだから、男女がさわりあってばかりいるのかと思うと、そんなこともない。男女はおたがいに求め合ってもすれ違い、嫌がらせが誘惑であり、愛撫は虐めになる。教師と生徒、過去の自分とのあいだにも触れあいはある。捻りのきいた「接触」がかえって大きな効果を生み、欲望とそれに伴う身体が増殖して一気に空間を満たすさまは壮観だ。
こうしたシーンは、観客の記憶や感情、感覚に働きかける。《バンドネオン》という作品には、楽しげな曲、舞台前面に並んだ人びとの背後で、女性ダンサーが床を転がりながら、この世とも思えぬ叫び声を続けるシーンがあった。それを見たある女性は、いくら助けを求めてもだれも手を差し伸べてくれないそのシーンが、まるで彼女自身のことを描いているようで鳥肌が立ったと語った。バウシュの作品には、どこか必ず、観客自身の忘れ去っていた過去に働きかける触手が仕掛けられている。

どのシーンでもダンサーたちは全身全霊をかけて我と我が身を観客に叩きつけてくる。そこに生まれるのは、だれもが生まれ、生き続けるとき、否応なく巻き込まれる現実だ。すべての観客がおなじように作品を見ることはありえず、観客ごとになにを感じるかは異なる。《コンタクトホーフ》はこうして、上演ごとに無限の意味を生み出す。上演中のあらゆる瞬間、あらゆる動きがたったひとつの筋をなぞるタイプの演劇の退屈さと対極にあるのが、バウシュ作品なのである。

映画『夢の教室』に見られる通り16歳以上の若者、また、65歳以上の市民がダンサーとして参加するバージョンも《コンタクトホーフ》にはある。この作品が、舞踊団レパートリーの中でもとりわけ重要で、親しみ深いものであることの証だ。
この作品は《カフェ・ミュラー/春の祭典》とともに、1986年、舞踊団初来日時に上演された。ヴッパタール舞踊団は原則、同じ作品を同じ国で二回以上、上演することはない。《カフェ・ミュラー/春の祭典》はすでに2006年、日本再演された。今回の《コンタクトホーフ》再演とともに、舞踊団の公演ラッシュ第二ラウンドを期待するファンは多い。舞踊団が続くかぎり。


[文=貫 成人(哲学・舞踊批評)]

 

公演概要

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団
『KONTAKTHOF−コンタクトホーフ』

<公演日程>
2014/3/20(木)〜3/23(日) 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール (埼玉県)



2013-11-25 15:32 この記事だけ表示